播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道

祝・日本遺産認定!
播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道

 2017年4月28日、兵庫県姫路市・福崎町・市川町・神河町・朝来市・養父市の6市町が申請を行ったストーリー「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道~資源大国日本の記憶をたどる73㎞の轍~」が、文化庁の「日本遺産」に認定された。

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日本一の錫の鉱山、明延

 全長73㎞のこの道のうち生野から北へ続く24㎞が「鉱石の道」である。
 養父市の明延鉱山は天平年間(729~749年)の開山とされ、奈良・東大寺の大仏鋳造にも同山の銅が献上されたと言い伝えが残る歴史ある鉱山だ。坑道の総延長は東海道新幹線の東京~大阪間に匹敵する約550㎞、深さは東京スカイツリーの約1.6倍の約1000mに達する。明治初期、生野、中瀬鉱山とともに官営となり、その後、三菱の経営に移る。1909年(明治42)に錫鉱が発見されてからは「日本一の錫の鉱山」として栄えた。1987年(昭和62)に閉山したが、「探検坑道」として一部が公開されている。(写真1)


(写真1)明延鉱山探検坑道の見学は事前予約(3日前まで)が必要だが、10月末までの毎週日曜日には予約なしの「日曜見学会」を開催している(10:00~15:00受付、随時入坑、高校生以上1200円・小中学生600円、所要時間約60分)

「東洋一」とうたわれた神子畑選鉱場跡

 朝来市神子畑も800年頃から銀と銅を産出する鉱山として開拓された。しかし1917年(大正6)に閉山。1919年(大正8)、明延鉱山から運び込まれた鉱石を選鉱する選鉱場を建設、1929年(昭和4)には明延~神子畑間に明神トンネルを貫通させた。規模も産出量も「東洋一」とうたわれたが、明延鉱山の閉山に伴い、操業を終えた。写真2)


写真2)東洋一とうたわれた神子畑選鉱場跡。現在、建屋は解体され、高低差75mの斜面に基礎部分だけが残されている


 神子畑選鉱場の敷地内にあるムーセ旧居は、1872年(明治5)に生野鉱山に造られた外国人技師ムーセの宿舎で、1888年(明治21)神子畑鉱山事務所として移築された。現在は一般公開されている。(写真3)


写真3)ムーセ旧居・ムーセハウス写真館では、写真家・織作峰子さんの作品や鉱山に関する資料を公開している(土日の10:00~17:00公開、無料、TEL079-677-1717)


 この神子畑~明延間約6㎞で鉱石や人を運んでいたのが明神電車である。1952年(昭和27)、1日の乗降数を数えやすくするために料金が1円となり「1円電車」の愛称で親しまれた。現在、明延鉱山で体験運行されている。(写真4)


写真4)毎月第1日曜日(7月は23・30日も。8月は毎週日曜日)には「一円電車」の体験運行が行われている


 神子畑から生野へ向かう国道429・312号沿いには「鉱石の道」建設の際に架けられた日本最古の神子畑鋳鉄橋(国指定重要文化財)などが残っている。写真5・6)


(写真5)1883年(明治16)~1885年(明治18)頃にフランス人技師の指導のもと造られた神子畑鋳鉄橋


(写真6)羽渕鋳鉄橋。神子畑鋳鉄橋と同時期に造られた。2連の姿から“羽渕のめがね橋”の愛称で呼ばれている

「美麗な自然金」で世界に知られる中瀬

 「鉱石の道」のもうひとつの鉱山が養父市の中瀬鉱山である。1573年(天正元)八木川で砂金が発見され、江戸時代には生野奉行所の直轄鉱山となり、近畿でも最大の金山町として栄えた。「美麗な自然金」が出る鉱山として世界的にも知られ、アメリカのスミソニアン博物館にも立派な標本が展示されている。その歴史資料や標本などが中瀬金山関所で見られる。また、この鉱山はアンチモンも産出しており、今もその加工を行う日本精鉱中瀬製錬所の敷地内には1574年(天正2)中瀬で初めて開かれた石間歩坑口が保存されている。写真7・8)


写真7)中瀬金山会が運営するむらおこし交流拠点「中瀬金山関所」。鉱山関連の展示、休憩スペースがある(イベント時など開館)


(写真8)1573年(天正元)八木川で砂金が発見された翌年に中瀬で初めて開かれた石間歩坑口

銀のまち、生野と「銀の馬車道」

 開坑から1200年の歴史を誇り、かつて「佐渡の金、生野の銀」と言われた国内屈指の生野鉱山。明治政府は、近代化を先導する模範鉱山として、生野を日本初の官営鉱山とし、フランス人技師ジャン・フランソワ・コァニェの指導により経営近代化を進めた。
 この時造られた鉱山本部は、今もなお錫製錬工場として稼働している。また、生野鉱山の長さ約350㎞、深さ約880mの坑道のうち、近代坑道「金香瀬坑」の約1000mが公開されている。(写真9・10)


(写真9)生野鉱山では、観光坑道、資料館などの見学ができる(9:00~17:30(季節により変わる)、大人900円・中高生600円・小学生400円、所要時間40~60分)


(写真10)フランス式の石組で築造された 観光坑道「金香瀬坑」口


 1876年(明治9)近代化が進む生野鉱山と播磨の飾磨港(現姫路港)とを結ぶために造られたのが、日本初の高速産業道路と言われる「銀の馬車道」である。約49㎞のルートは最短、平坦を選び、重い建設資材や機械、鉱石にも耐えられるように造られた馬車専用道だった。途中、福崎町、市川町、神河町では、昔の町並みや、一部残された馬車道に出あうことができる。(写真11)


(写真11)姫路市の飾磨港周辺には、生野産のレンガで造られた倉庫「飾磨津物揚場」跡や港湾護岸が残り、馬車道のたたずまいが残されている

【問い合わせ先】
●明延鉱山 (養父市大屋町明延)
 あけのべ自然学校 TEL079-668-0258
●神子畑選鉱場跡 (朝来市佐嚢)
 あさご観光協会 TEL079-677-1165
●中瀬鉱山 (養父市中瀬)
 養父市関宮地域局 TEL079-667-2331
●生野鉱山 (朝来市生野町小野)
 シルバー生野 TEL079-679-2010

日本遺産(Japan Heritage)とは

 地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するもの。平成29年度、今回取り上げた兵庫県をはじめ新たに17のストーリーが認定され、全国で54ストーリーとなった。

認定されたストーリー
「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道~資源大国 日本の記憶をたどる73㎞の轍~」

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