官兵衛の里・西脇市を訪ねる

 

もうひとつの歴史を伝える
官兵衛の里
西脇市を訪ねる



 現在、放映中の大河ドラマ「軍師官兵衛」。
V6の岡田准一演じる主人公・黒田官兵衛(1546年・天文15年?1604年・慶長9年)は、
軍師としての才覚に優れ、豊臣秀吉の参謀として、この男がいなければ天下取りはなかったといわれるほど大きな貢献をした。

その官兵衛は姫路城で生まれたとされているが、西脇市にもうひとつの出自説が残されている。


西脇市黒田庄町黒田?地名からして期待できるこの場所が、黒田官兵衛生誕地・黒田家発祥の地として注目を集めている。
 通説では、黒田氏は近江国伊香郡黒田村(現在の滋賀県長浜市木之本町黒田)が在所で、官兵衛は姫路城で生まれたとされている。これは、後に福岡藩黒田家の事業として儒学者・貝原益軒が編纂にあたり1688(元禄元)年に完成させた黒田家の公式の記録「黒田家譜」によるところが大きい。

 これに対して西脇市出自説は、江戸時代に編纂された播磨の地誌類や記録類に「黒田官兵衛やその父は、多可郡黒田村の生まれ」とするものが多数あり、黒田氏や黒田官兵衛は地元出身とされてきたというものだ。そこに、近年公表された「荘厳寺本黒田家略系図」や「播磨古事」の研究が進められることで、西脇市出身説が補強され、にわかに脚光を浴びるようになった。

 これらの資料の記述から、「黒田氏は播磨守護・赤松円心(則村)の弟・円光を祖とし、その息子・七郎重光が黒田城に拠って黒田姓を名のったことが始まり」とされ、「初代・重光の子孫が、代々この地にあった丹波国境との重要拠点である黒田城の城主を継ぎ、八代・重隆の子として産まれた孝隆官兵衛尉(黒田官兵衛)が小寺職隆の猶子(養子)となって、姫路城を守った」というのだ。

 現在、どちらの説も歴史的な真実として証明されていない。でも、荘厳寺をはじめゆかりの地が点在する当地を訪ねてみると、自然の中を駆け回る官兵衛の姿が見えたような気がした。
(取材協力…西脇市観光協会)

西脇市ゆかりの地散策マップ





1)松ヶ瀬
母は増水した川で溺死し、官兵衛は姫路に逃れたという伝承が残る。

 
2)黒田城祉
中世・戦国時代に築かれた山城で、黒田氏9代の居城。


3)姥が懐(うばがふところ)
黒田城と城下を流れる川に囲まれた田畑の周辺をさし、「黒田官兵衛生誕地」の石碑が建てられている。


4)荘厳寺(しょうごんじ)
白雉年間(650~654年)開基の真言宗の古刹。「荘厳寺本黒田家略系図」を所蔵しており、複製を展示・公開している(午前10時~午後4時)。


5)兵主神社(ひょうすじんじゃ)
1591(天正19)年改築の茅葺の拝殿は、三木合戦の際、羽柴秀吉が戦勝祈願成就のため臣下の黒田官兵衛に奉納させた金子で改築したという。


6)太閤腰掛岩
三木城を攻めた時、羽柴秀吉が腰かけて采配を振るったという。


7)「黒田官兵衛生誕の里」の石碑

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お問い合わせ:西脇市観光協会
TEL0795-22-3111
※「官兵衛の里・西脇市」特設サイトで
最新情報を発信している
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新たな観光スポットが誕生
「ひめじの黒田官兵衛」大河ドラマ館


 

 

 黒田官兵衛ゆかりの姫路城に、大河ドラマをきっかけに新たな観光スポットが誕生した。「ひめじの黒田官兵衛 大河ドラマ館」では、大河ドラマ出演者の紹介や撮影に使用した衣装・小道具などを展示。
ここでしか見られない大河ドラマのメイキング映像を放映する「官兵衛シアター」、官兵衛の時代の姫路城の居室や、官兵衛が幽閉された有岡城の牢獄の再現、「軍師タイプ」を診断するゲームなど、楽しみながら官兵衛の世界に触れられる。
 また、姫路城内「リの一渡櫓」を「官兵衛の歴史館」として、官兵衛にまつわる資料やジオラマなどを特別に展示している。
両施設とも来年1月10日(土)まで期間限定で開館。

 

ひめじの黒田官兵衛
大河ドラマ館
時/9:00~17:00
所/家老屋敷跡公園内(姫路市本町68)
料/高校生以上500円、小・中学生200円
ひめじ官兵衛プロジェクト推進協議会
TEL079-287-3808

 

官兵衛の歴史館
時/9:00~17:00
所/姫路城内(姫路市本町68)
料/無料(姫路城入場料が必要)
姫路市城周辺整備室
TEL079-287-3681